2025年4月。株式市場は新年度も波乱の幕開けとなった。トランプ米国大統領による関税政策により、米国株は軒並み大暴落となった。とくにテック株の下げはきついものだった。このような時、何か手を打てないものか。
そうだ、プットオプションがあるではないか。怖くなったらプットを買えば良い。コストはかかるが、下落の恐怖から大底で投げる(損切りする)という不合理な投資判断をしなくて済む。
実際にプットオプションの働きぶりをみてみよう。前提として、エヌビディア株を100株持っているものとする。なぜ100株かというと、米国株の個別株オプション取引ではオプション1枚あたり100株を取引することになるからだ。120米ドル(以下「ドル」と表記)程度の株を100株持っているとすれば、約12,000ドルの投資だ。
【図表1】エヌビディアチャート(日足)
出所:Trading View
右肩下がりのチャートの中、3月上旬に何とか下げ止まったものの、その後の戻りは弱く、3月26日にあえなく大きな陰線をつける。株価は115ドルを割り込み、投資資金が棄損され始めた。ここでプットオプションの出番だ。
【図表2】3月26日時点の4月17日満期のオプション価格表
出所:marketchameleon
株価は113.77ドルまで下がってきた。ここで株価水準から約3%下の権利行使価格110ドルのプットオプション(P110)を買ってみよう(4月17日満期)。3.35ドルで買えそうだ(実際は100株相当を取引するので335ドルを支払う)。なお現在の株価の水準からどれぐらい下のプットオプションを買えば良いかは、プットオプションを買うのに支払うオプションプレミアム(保険料)と、損失額を天秤にかけて各投資家が判断する。
プットオプションとはその権利行使価格で株を売却できる権利である。株がいくらになっても(紙切れになっても)、その権利行使価格で株を売却できるのであるから、権利行使価格分の現金は何とか確保できることになるわけだ。本事例であれば、権利行使価格が110ドルだから、エヌビディア株100株を株価がいくらになっても110ドルで売却できる結果、11,000ドルの現金は確保できることになる。
言い方を変えると、その時点の株価と、権利行使価格との差額の経済的利益があるということである。仮に株価が90ドルまで下落した場合で考えてみよう。株式市場では90ドルでしか売れない(9,000ドルを確保できるにすぎない)が、権利行使価格110ドルのプットオプション(P110)を持っていれば、プットオプションの義務者には110ドルで売却できる(11,000ドルを確保できる)。
ということは、このP110には少なくとも20ドル(×100株相当の2,000ドル)の価値があることになる。そして株価が下がれば下がるほど、このP110の経済的価値は大きくなっていく。これを示したものが図表3のグラフだ。
【図表3】4月17日満期P110満期損益図
出所:marketchameleon
横軸は株価の水準(右方向は株価上昇、左方向は株価下落)、縦軸は損益である。株価が110ドル以上なのに110ドルで株を売るのは経済合理性が無いので、このプットオプションの価値は0だ。つまり支払った335ドルの損失である(それ以上を失うことはない=掛け捨て保険のような性質)。
ところが、株価が110ドルを割り込むと、現在の株価よりも高い110ドルで売却できることに経済的価値が生まれてくる。当初支払った3.35ドルを回収できる水準(損益分岐点=110ドル-3.35ドル=106.65ドル)を割り込んだところからこのP110としては利益が出始める(グラフの緑の部分)。
株価が下落すればするほど(左方向に行けば行くほど)、利益が増えていくことがわかるかと思う。このプットオプションを持っていれば、株価が110ドルを割り込んで、株式の方で含み損が増えていっても、このプットオプションの利益が増えていき、その株式の含み損を相殺できるのだ。
【図表4】2025年4月上旬のエヌビディアチャート(7日のスタート時は90ドルを割り込んでいる)
出所:TradingView
4月7日の寄り付き直後、株価は90ドルを割り込んだ。120ドルほどで株を買っていたのであれば、このとき3,000ドルを超える含み損が発生していた。ではプットオプションがどうだろうか。次のチャートはP110の価格変化を表している。
【図表5】P110の価格変化(4月7日まで)
出所:marketchameleon
3.35ドル(実際は335ドルの支払い)で買ったプットオプションが、寄り付き直後22. 93ドルまで上昇している。ここで売却すれば、2,293ドルを手にすることができる。つまり1,958ドルの利益だ。株式の含み損3,000ドルをすべてカバーできているわけではないが、60%以上をカバーできた計算だ。
まだまだエヌビディアの株に魅力を感じているのであれば、このプットオプションの利益である1,958ドルの現金を使って、90ドルの株を20株ほど買い増しするのもよいだろう。株に見切りをつけるのであれば、P110の権利を行使して110ドルで売却するのも手だ。そうすれば現金で11,000ドルを確保できることになる(ただしこの時点ではP110にはいくらかの時間的価値が残っているので、P110自体を売却し、株を市場で売却した方が時間的価値の分お得である)。
なお、110ドル以下の部分はすべてP110が守ってくれるのだから、このままほったらかしにしておくのもよい。実際には下落の途中でプットオプションを売却するのは怖い。つまり4月7日のスタートの時点でこのP110を売却するというのは教科書事例としてはあり得ても、現実的には難しい。結局、何もできずにそのまま満期まで持っておくことになる可能性も高い(それでよい)。
【図表6】P110の価格変化(4月17日満期まで)
出所:marketchameleon
結局、4月17日満期の株価は101.5ドルだった。期限切れとなる日本時間の4月18日の明け方5:00直前にこのP110を売却すれば850ドル程度を得ることができ、エヌビディア株は手元に残る(株式含み損1,850ドル)。プットオプションの受取額を考慮すれば、この時点での資産は11,000ドルを確保できている。そのまま満期を通過させれば、株を110ドルで売却することになる。
この場合は現金で11,000ドルを確保できることになる。どちらも経済的な意味は変わらない(なお、プットオプションにより株を売却した場合、オプションの損益は0となり、オプションの損益はすべて株式の方でカウントされる)。
本事例では、後からみれば株価はなんとか下げ止まったわけだが、大きく下げた4月7日にプットオプションを持っていなかったらどうだっただろうか。想像してみてほしい。90ドルを割り込んだ寄り付き直後(日本時間の夜10時半)、怖くなってすべてを損切りしていたのではないだろうか。
結局、底で投げることになってしまうのだ。プットオプションを持っていればどんなに下げようとも11,000ドルは戻ってくる。その安心感から冷静な投資判断ができるのだ。ここが買い増しポイントだと判断し、値上がりしたプットオプションを売却して資金を得て、その資金で株の買い増しすらできた可能性もあるのだ。
株式会社M&F Asset Architect
(オプショントレード普及協会)
代表取締役 守屋史章