株式投資において株価の下落はつきものである。しかし、株価の下落は怖いもの。胆力で乗り切るか、見ないようにするか、下落で逆に儲かる保険商品をもっておくか。以前、拙稿にて0DTEオプションによるヘッジについて紹介したが、さらに本稿では、オプションを使わないヘッジ方法(しかしオプションが存在するから存在するヘッジ方法)を提案したい。VIX系ETN(=VXX)によるヘッジである。
VIXとは、S&P500指数オプション(SPX)の各権利行使価格のオプション価格から逆算的に求められる、今後の予想株価変動率(インプライドボラティリティ=IV)を指数化した数値である。一般に、VIXは原資産であるS&P500が急落するときに大きく跳ね上がる性質がある。
このときヘッジ目的でSPXオプションがコスト度外視で買われるからだ(割高になる)。オプション価格が割高になるということは、その価格から逆算的に算出される予想変動率(IV)が大きくなることを意味する。それを指数化するのだから、その値も高くなるわけだ。図表1は、S&P500とVIXの比較チャートである。
【図表1 S&P500指数とVIX指数】
TradingViewより
S&P500が下がったときに上がる傾向があることがみてとれるだろう(逆相関)。2024年8月の大きな下落の際、VIXも大きく跳ね上がっている。一方、2024年5月~7月の株価が安定的に上昇している局面においては、このVIXの値は低位で横這い(安定)しており、逆相関性が弱まっている。
いわゆる保険のプットオプションでは、株価が上がればほぼ確実に損になる(逆相関)。しかし、このVIXは株価の大暴落時にはほぼ完全に逆相関なのに対し、安定的に上昇している場面での逆相関性が小さいのである。つまり保険コストが小さくて済む可能性があるのだ。
ただ残念なことに、VIXは指数であるためにこれを直接取引できない。しかし、あきらめるのはまだ早い。VIX先物・VIXオプションが存在し、これは取引できるのだ。ウィブル証券でもVIXオプションは取引可能だ。よって、株価が上昇基調にありVIX指数も低位安定しているときに先回り的にVIXオプションを買う、あるいは相場が少し崩れ始めてやばい!と感じた場面でVIXオプションを利用するのも手だ。
ただ、VIXオプションには満期がある。またSPYのようなETFを取引している場合には、SPYとVIXオプションの税制区分が異なるという問題もある。そこで、満期が無く、SPYと同じ税制区分のVIX系ETNである「VXX」を使えばよいのでは、ということなのだ。
まずETNとは何か。ETNは「Exchange Traded Note(上場投資証券)」の略だ。ETF(Exchange Traded Fund:上場投資信託)と同様に、価格が株価指数や商品価格等の「特定の指標」に連動する商品である。「Note(債券)」の単語が示すように、金融機関(発行体)がその信用力をもとに、価格が特定の指標に連動することを保証する債券である(https://www.jpx.co.jp/equities/products/etns/outline/index.htmlより)。
よってETFとは異なり証券に対する裏付資産を持たない(必要としない)。ただ、いずれにせよ、株式と同じように市場で売買できる。VXXも株式と同じように買えるということである。
ではVXXはどのようにつくられているのだろうか。VIX系ETNと紹介したが、これはVIX短期先物指数というものに連動するように運用されている。VIX先物も先物だから満期が来る。満期が来るタイミングで次の限月に乗り換える(ロールオーバー)という方法もあるが、VIX先物は最終的にはVIX指数で清算されるため、満期が近づくにつれて値動きが、清算対象であるVIX指数への連動率が高まるなど、満期という1点でロールオーバーするというのでは、安定的ではない。
そこで、ロールオーバーをもう少し緩やかに(じわじわと)行うことで数値を安定させることにした。すなわち、常に満期が平均して30日になるようにするわけだ。話を単純にするために、30日満期の第1限月と、60日満期の第2限月の先物があるとしよう。初日の平均残存日数30日の組み合わせは、残存日数30日の第1限月30枚、残存日数60日の第2限月0枚で平均30日になる。
1日経過した時点で、残存日数29日の第1限月の先物を1枚売却して29枚、残存日数59日の第2限月1枚買えば、保有している先物の残存日数は平均で30日となる。このように、第1限月と第2限月の比率を日々調整して、常に満期が30日になるようにしている指数が、VIX短期先物指数だ。このように、常に満期を一定の期間に調整することを「コンスタントマチュリティ」という。VIX短期先物指数というのは、「短期」とあるように、VIX先物の第1限月と第2限月をコンスタントマチュリティして得られる指数ということだ。
このように、VXXは、SPXオプションがあるから算出できるVIXの存在を前提に、このVIX指数を取引するためにVIX先物を設定し、この先物を満期の来ないようにコンスタントマチュリティすることで算出したVIX短期先物指数の存在により取引できるようになったETNなのである。
さて、このようにして算出したVXXの働きぶりをみてみよう。先に見た2024年8月の値動きの際に、VXXがどのような働きをしたか、である。
【図表2 S&P500とVXX】
TradingViewより
VIX系各種指標が悪化を示した2024年7月24日を起点に、S&P500指数ETFであるSPYの下落率と、VXXの上昇率を比較してみよう。まずはSPY。7月24日の終値が542.13ドルだった。これが8月5日の終値517.38。マイナス24.75ドルでる。
100株保有している場合、2,475ドルの損失だ。100株保有の場合、7月24日現在の株式資産54,213ドルが8月5日時点で51,738ドルに目減りしたことになる。VXXはどうか。7月24日の終値49.19ドルが8月5日終値87.26だ。+38.07ドルである。SPY100株の損失をカバーするにはVXXを66枚持っていればよかった計算だ。これによりSPYの損失はVXXの利益でカバーできている。
2資産規模を比較すれば、SPY資産54,213ドルに対し、VXX3,197ドルである。約6%の保険料だ。これで完全に、SPYの損失はカバーできていたわけだ。もちろんVXXを買うことの是非、そのコストが高いか安いか、などは各自のリスク許容度によるとして、面白いのは、その後のVXXの株価だ。
SPYはその後8月15日には、下落前の7月24日水準を回復し、その後は7月最高値を更新、9月30日時点でSPYは573.76ドルにまで上昇している。このときVXXはなんと49.60ドル。保険として掛けたはずのVXXから損失が出ていない。つまりコストになっていないのである。VIX系商品では、タイミングによりこのようなことが起こるのである。
株価は回復したものの、まだ市場のドキドキは止まらないということはよくある。そんなときVXXは高止まりしている可能性もある。また、その後の市況の変化といった別の理由でオプション需要が高まれば、VIXは上昇するかもしれない。そうするとVIX先物も上昇、その副産物であるVXXの値も高止まりしてくれる、という可能性があるわけだ。
実際、上記事例では、VXXが値下がりしておらず、保険の機能を果たした期間経過後に手仕舞いして、むしろプラスで着地できたわけだ。つまりVXXなどVIX系商品は、掛け捨てにならない可能性のある保険商品なのである(必ずしも損をしないわけではない)。
さて、こんなにすごいVXX。リスクはどこにあるのだろうか。そもそもVXXはどのようにして満期のない商品になっているのか、このあたりから紐解いていこう。
そもそもVIX短期先物指数とは何か。先に説明したように、満期のあるVIX先物の第1限月と第2限月をじわじわとロールオーバーして常に満期までの距離が平均して30日になるように枚数調整したものがVIX短期先物指数である。ここでVIX先物の姿を見てみよう。
【図表3 VIX先物タームストラクチャー】
Vixcentralより
上記グラフは、横軸にVIX先物の満期までの期間を、縦軸はVIX先物の値を示している。VIX先物は、原資産の急落時に逆相関的に急上昇する性質を利用するためのヘッジ(保険)商品であることから、保険期間が長いほどその保険料は高くなるのが経済的本質であるため、平時は上記のように右肩上がりの形状になる(=コンタンゴとよぶ。
逆に原資産の急変時などは期近の方が高い状態となるが、その状態はバックワーデーションとよぶ。このようにVIX先物の値を満期までの残存日数で表示したグラフを「VIXタームストラクチャー」という)。このうち、最も左の短期限月2つの先物をコンスタントマチュリティして求めるものが短期先物指数だ(ちなみに、短期、があれば中期もあり、中期先物指数は第3限月~第7限月をコンスタントマチュリティして求める)。
スタート日は最も左の限月が残存日数30日なので、VXXは第1限月100%の買い持ちだ。1日経過する毎に、第1限月を売却し、第2限月を購入する。これを繰り返す。平時は第1限月よりも期間の長い第2限月の方が高い値となるため、この高い第2限月を購入し、時間が経過し、第1限月に昇格したあと、安くなった時点で売却して、また高い価格の期先を購入するという、高く買って安く売るという経済不合理なことを継続する数値がVIX短期先物指数であり、これに連動するのがVXXということになる。
実際、VXXのチャートを見てみよう。VXXはどんどん減価するため頻繁に株式の併合(reverse split)が行われる。そのため、現在値を基準に過去の株価を計算すると、過去の株価は指数関数的に大きな数値となる。そのため図表4や5のようなチャートになってしまう。減価率(対数表記)で描画すると図表6のような形になる。
【図表4 VXX月足チャート】
【図表5 VXX日足チャート】
【図表6 VXX日足対数チャート】
TradingViewより
このようにVXXはその構造上、減価していくことを余儀なくされている商品なのである。だから、ヘッジ商品(保険商品)だからといって、常に保有しておくわけにはいかない。ここぞ!というときにだけ購入するべき商品なのだ。
もちろん、「ここぞ!」というタイミングがいつ訪れるのかはわからないが、VIX指数やVIX先物のタームストラクチャーの構造の変化などを常にモニターしておき、おかしいなと感じたときに原資産の数%程度を購入してみればよい。何も起こらなければVXXはすぐに手仕舞おう。
実はVXXにはオプションもある(ウィブル証券で取引可能)。VXXを買う代わりに、VXXのコールオプションを買うならば、さらにコストを低減できる可能性がある。もちろん、オプションであるから、満期があるし、SPYとの税制区分の違いがあるという問題もある(VIXオプションと同じ)。しかし、ヘッジに使う資金量等を考慮し、VXXコールオプションを利用したり、VIXコールオプションを利用したり、といった選択肢を持つことは、投資家としての幅が広がるはずである。ぜひVIX、VXXにも興味を持って研究してもらいたい。
さて最後になるが、このVXXのチャートをみて何か気づかないだろうか。特に図表6。完全な右肩下がりのチャートだ。文中でふれたように、VXXは構造上減価する運命にある。じつはVXX、この減価をトレードするものだという裏の顔も持っている。もちろんたまにあるドカン(上昇)でヘッジ機能を果たすが、そもそも構造上、減価する商品だ。このあたりも研究しがいのあるところだと思う。
株式会社M&F Asset Architect
オプショントレード普及協会
代表取締役 守屋史章